結論から書きます。良いホテルというのは「豪華な部屋」のことではなく、「時間の密度を変えてくれる場所」のことでした。
この日の私は、朝5時に3,000円の夜行バスで京都に着いて、午前中いっぱい東山を歩き回った男です(その顛末は【1日目・朝】に書きました)。その男が14時、二条城の目の前に建つHOTEL THE MITSUI KYOTOのエントランス——元禄時代から続く木造の大門をくぐります。片道3,000円と、1泊数十万円クラスのラグジュアリーコレクション。この落差こそ、今回の旅で一番やりたかったことです。豪華さの自慢をしたいわけではなくて、「同じ1日の中に、両方の京都を入れる」という時間の使い方の話として読んでもらえたら嬉しいです。
元禄の門をくぐって、チェックイン
HOTEL THE MITSUI KYOTOは2020年11月開業、マリオット系列の最高峰ブランド群「ラグジュアリーコレクション」のホテルです。地下鉄東西線の二条城前駅から徒歩約3分、堀の向こうはもう二条城。
ただ、このホテルの本当の凄みは立地よりも「土地の履歴書」です。ここは三井総領家が250年以上にわたって屋敷を構えた「油小路邸」の跡地。エントランスに立つ「梶井宮門」は1703年(元禄16年)に梶井宮御殿の門として建てられたものが、昭和10年に三井邸へ移築され、ホテル開業にあたって約1,000のパーツに解体・修復されたのだそうです。現在は国の登録有形文化財。つまりこのホテル、玄関からすでに文化財です。今朝、夜行バスの4列シートで京都に運ばれてきた男が、320年前の門をくぐって「おかえりなさいませ」と迎えられる。この振れ幅だけで、もう半分元は取った気分になりましたw。


チェックインは通常15時ですが、この日は14時に部屋へ案内してもらえました(こればかりは空き状況次第だと思うので、期待しすぎは禁物です)。ロビーで出されたウェルカムスイーツは、ホテルのロゴが入った落雁のようなお干菓子と冷茶とおしぼり。歩き回った体に、この一服がよく効きます。

今回はマリオットボンヴォイのポイントでの宿泊です(使用ポイント数は明細を確認して後日追記します。マリオットの必要ポイントは日により変動する仕組みです)。私はプラチナ会員で、チェックイン時にウェルカムギフトとして朝食かポイントかを選べたので、迷わず朝食(和食)を選択。さらに予約していたダブルの部屋から、中庭に面したガーデンビューの部屋にアップグレードしていただけました。プラチナのアップグレードは「空きがあれば」の特典なので運次第ですが、このホテルで中庭側を引けたのは大当たりです。理由は後述します。
建築の話——リノベの参考書として
ロビーからラウンジ、客室へと歩くうち、職業病のように考えていたのは「これ、家づくりの参考書だな」ということでした。自宅のリノベーションを考えている人間として、このホテルから盗みたいと思ったポイントは3つあります。
ひとつめは、素材の使い分け。館内を見渡すと、磨いた石、割肌の石、敷き詰めた砂利と、同じ「石」でも表情の違うものが場面ごとに使い分けられています。エレベーターホールでは、石貼りの壁の間に木の扉が納まり、上下ボタンまでもが石の円柱の上に載っている。「ボタンを押す」という一番事務的な動作すら、素材でもてなしてくるわけです。ラウンジの外の砂利敷きには錆色の金属彫刻が据えられていて、石の静けさと金属の経年変化をぶつける構成。素材の種類を増やすのではなく、同じ素材の「表情」を増やす。これは60㎡のマンションでも真似できる考え方です。
ふたつめは、光源を見せない照明。ロビーの天井には麻布のような布のパネルが吊られ、その裏から光を通しています。真上から直接照らさず、布や壁を一度経由した光だけで空間の明るさを作っている。まぶしさの元がどこにも見当たらないのに、暗くない。夜のホテルの色気は、照明器具ではなく「光の経路」で作られているのだと実感しました。
みっつめは、色数の少なさ。私の見立てでは、この空間は白(生成り)・木・石・真鍮くらいまで色数を絞っていて、そこに植栽の緑が一色だけ挿してある。派手な色がひとつもないのに退屈しないのは、素材の表情が豊かだからです。
ちなみにこの建築、設計・施工は清水建設、マスターデザインアドバイザーは建築家の栗生明氏、客室とロビーのインテリアは香港のアンドレ・フー氏、中庭の庭園デザインはランドスケープアーキテクトの宮城俊作氏という布陣。ホテルのコンセプトは「日本の美しさと -EMBRACING JAPAN’S BEAUTY-」。約1,300㎡の中庭を建物がぐるりと囲む構成で、ガラス張りのラウンジからは、その庭と水景が一枚の絵のように見えます。



出窓のベンチと、中庭の時間
部屋へ向かう客室階の廊下も、手を抜いていません。和紙貼りのような壁に行灯型の照明、足元には水紋を描いた絨毯。部屋にたどり着く前から「静かにさせられる」廊下です。

部屋に入ってまず良かったのが、窓辺です。出窓が一段高い木のベンチ状に造作されていて、腰掛けると視線の先に中庭と水盤。ガーデンビューを引き当てた甲斐がありました。


部屋そのものは、ツインベッドに抹茶色のスローが掛かり、ヘッドボードの上には金彩の入った白い壁画パネル。ベッドサイドの操作パネルは真鍮のトグルスイッチで、全灯・メイン・読書・ナイトの4段階。この「パチン」と倒す手応えが妙に気持ちよくて、意味もなく切り替えて遊びました。USBもユニバーサルコンセントも枕元に揃っていて、意匠がクラシックでも設備は現代仕様です。
午前中に歩き回った疲れは、ここで癒やしました。出窓のベンチに座って、中庭を眺めながらぼんやりする。それだけの時間のために、このホテルは窓辺をベンチにしたんだと思います。テレビもスマホもいらない席が部屋の中にある、というのは、思っている以上の贅沢でした。
風呂が2つある夜——石の浴槽とサーマルスプリング
夕方は風呂です。このホテル、風呂だけで記事が一本書けます。
まず客室の浴槽が、ただのバスタブではありません。石を組んだ箱型の浴槽で、縁がそのまま腰掛けられる座面になっている。天井のスリットから間接照明が落ち、浴槽の上には緑色のガラスのアートが一点。湯を張る前から絵になる風呂というのは初めてでした。洗面はダブルボウルで、寝室とシャワー室をつなぐ廊下状の空間に配置されています。ウォークインクローゼットにはバスローブが2着。感心したのはトイレで、木の格子の向こうに壁を照らす間接照明が仕込まれていて、個室の中に光源が見当たらない。トイレまでこの調子か、と笑ってしまいました。




そして地下には「サーマルスプリング」。敷地の地下約1,000mから汲み上げた天然温泉(京都二条温泉)を使った、水着着用のスパプールです。営業は7時から23時まで。せっかくなので夕方に一度こちらへ。
まず、たどり着くまでの通路からして演出が始まっています。黒い左官壁の足元に一筋の光、反対側には荒々しい石積みの壁と、灯りを浮かべた水盤。プールに着く前に、体温が半分下がるような静けさです。天井の高い薄暗がりの中、湯に浮かびながら火照りを冷ます時間は、街中のホテルにいることを忘れる浮遊感があります。湯上がりには休憩室のデイベッドと、お茶の設えられたカウンターが待っている。風呂そのものより「風呂の前後」に手をかけているのが、このスパの贅沢の正体だと思いました。



部屋に戻ってからは石の浴槽にも湯を張って、風呂のはしご。二条城の隣に温泉が湧いているというだけで驚きなのに、それを部屋と地下の両方で味わえるわけです。
一人客に、2人分のパジャマ
夕食はあえて外に出て、贔屓の「はふう本店」へ(これは別記事にします。ステーキ丼の話だけで1本必要なので)。
20時台にほろ酔いで部屋に戻ると、ターンダウンが済んでいました。離れていたツインベッドは1台に寄せられ、両方の枕元に、グレーのシャツ型パジャマが1着ずつ。
一人で泊まっているんですけどね。

でも、この2着目のパジャマを見た瞬間の気持ちは、悪くなかったんです。ホテルは客の人数を詮索しない。ベッドが2つあるなら2着置く。それだけのことなのに、「誰かと来てもいいし、一人で来てもいい」と言われているような、妙な広さがある。ソロ泊の醍醐味は、この「2人分の設えを1人で使い切る」ところにあるのかもしれません。パジャマは1着だけ着て、もう1着はそのまま。窓の外の中庭はライトアップが落とされて、水盤だけがかすかに光っていました。
朝5時、3,000円のバスの床で始まった1日が、元禄の門の内側で終わる。この落差は自慢のためではなくて、「どちらか片方しか知らないのはもったいない」という話です。早朝の無人の東山も、このホテルの夜も、同じ京都の同じ1日の中にありました。
追記予定のメモ
翌朝の朝食はFORNIにて(営業7:00〜10:00、和朝食は御重仕立て)。実食レポは、いただき次第この記事に追記します。
もうひとつ、京都市の宿泊税は2026年3月から改定されていて、宿泊料金10万円以上は1泊1万円という全国最高額の区分ができています。ポイント宿泊の場合にいくら課税されたかは、チェックアウト後にここへ追記します。
お邪魔しました。
シリーズ:夜行バス3,000円で行く、HOTEL THE MITSUI KYOTO
【1日目・朝】朝5時の京都駅から、誰もいない東山を歩く
【1日目・夜】この記事
【夕食編】京都「はふう本店」——ステーキ丼の夜(近日公開)

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